毛皮のコートを優雅に纏い、ゆっくりと男は迷うことない足取りで歩いていく。
悪魔の申し子といわれる中身と世間の評価を裏切り、見目は周囲に感嘆の溜め息を吐かせ存在感をこれでもかと惹きつけてやまない男は、以前に在籍していたイギリス西南部のパブリックスクール、セント・ラファエロへと姿を現した。
クリスマス休暇も終わり春学期の初日。
この日は始業式と兼ねたお茶会を午後から催すこととなっている。全生徒と全教授が参加し、一堂に集められた理事長や学院長、父母会幹事の挨拶と流れ、その後は生徒自治会執行部が主催する式典、毎年恒例の『豆の王様』が執り行われることになっていた。
豆の王様とは、配られるケーキの中に一枚だけ金貨を潜ませ、それに当たった者には王様の特権とした、一日だけ総長の椅子に座ることができるというもの。生徒なら一度は味わってみたい場所に赴くことが出来るチャンスであるので、一際賑わいを見せるのだった。
そうした趣向の式典で席を設けられていたある理事は、病で突然の欠席。
そして、当日。
空席を埋めるためにわざわざ「代理人」として忙しい合間を縫ってはるばる出席した男がホールへと向かって行く。
理事の病気の、原因と理由。
委任状として男に渡った経緯は。
しかしながら、刃物で切れそうな鋭い目付きで前方を見据え、どんどんんと唯我独尊で歩いていく男、
---------コリン・アシュレイにしか、分からない。
一歩踏み込む前からお祭のようなざわめきで賑わっている学生会館へ、無表情に足を延ばしていたアシュレイが最初に目を惹かれたのは。
周りを神聖な空気で包んでいる、黒髪を艶やかに揺らしたユウリ・フォーダム。
窓から差し込む冬の太陽の光が、濡れるような黒髪を反射させて綺麗な天使の輪を作っている。
誰も気付かない程度に目を細め、瞳を妖しく光らせた。
入り口から一歩ずつホールを直線していくと、瞬間にシーンと静まり返るお茶会の会場。靴音が響き渡るが、それもほんの数秒のことで、先程と打って変わったざわめきが密集した生徒たちからドッと湧く。
そこでようやく周りの様子に気付いた肩を寄せ合うそんな二人をアシュレイは無表情で見詰める。内心、全く面白くない。
---と、
そのアシュレイには小姑かとも言える何かと存在が邪魔で仕方のない、シモン・ド・ベルジュと視線が一瞬絡み合う。
神々しい金の髪をかき上げて嫌な顔を見たという表情を隠そうともせずに、今にも深い溜め息を吐こうとしていたベルジュに冷たい一瞥を投げた。
周りのざわめきなどを黙殺しながら"モーセの十戒"のように、アシュレイが歩く路の先は左右へと別れていく。闊歩する姿に生徒のみならず教授たちでさえがその姿を吐息を吐きつつ見詰めることしか出来ない。
現か幻か。驚き瞬くのを忘れるかのように呆然としているユウリを見ると、さらに大きく目を見開いて今にも黒い瞳が零れ落ちそうになっている。
目をまん丸にしたままのユウリに意味深に笑ってみせてやる。
するとムッと口を閉じた。疑い深そうな困っているような瞳で、関わり合いたくないとの訴えを前面に顔で表している。何とも言えない表情をさせていた。
、、なんて顔をしてるんだ、アイツは。
分かりやすい素直な感情に一層の笑みを深くして、ユウリの反応が楽しみだ、と前を向き『欠けている椅子』へと向かう。
その時、さすがのアシュレイでも判断を誤った。
これ以上ないパフォーマンスで何かしらのアクションがユウリからあるだろうことは、言葉にせずとも分かるはずだと考え口の端を上げていたが。
ユウリのひととなりを理解しているつもりであったアシュレイ。つまりは、"つもり"で。
ユウリが全くの見当違いで視線の意味を履き違え、尚且つ秘蔵書の宝庫である家の鍵を開けることもなくその主を待たせるという暴挙に出てしまい、結果、痺れを切らした主自らがユウリを出向かう羽目になることを、この時はまだ知らない。
毛皮のコートを翻して様になる姿を呆然と眺めていたユウリにその後、アシュレイ本人が自ずから動き、果ては「会いに行く」というのは。
後にも先にもユウリだけであり。
自覚せずに甘えてもアシュレイに無視されず傍を許されているのは、日本のツチノコが出現するほど非常に珍しい光景で、本人の意思とは関係なく、アシュレイに惹かれてやまない周囲の者から羨まれ憎まれてしまうユウリは、ただただ不憫としか言えなかった。
初めて"気に入った"もので、書物以外に惹かれたもの。
興味が薄れ、益がないと分かれば自分の周りから存在を消すだろうと考えているユウリは、知らない------。
すでにアシュレイが手を離すことなどないことを。
それは。
アシュレイ本人にも、またユウリ自身にも未だ気付けないでいた。
お茶会が始まり、非常に面倒な行事ではあったが。
ユウリがいて、何もないことはない。周りが放っておかないだろう。もちろん人ではない『何か』であり、アシュレイにとって興味は尽きない。
会場に響き渡る行事の進行に全く関心がないアシュレイは、退屈凌ぎに綺麗な黒髪が目立つ彼を眺めやっていると、なにか考え込んでいる様子に口元が緩む。
ふとこちらを流し見る黒い瞳とぶつかった。
「……………」
本当に良く顔に出るヤツだ。
唇を上げて笑みを浮かべるが、慌ててすぐに視線が逸らされる。
推理などが苦手なのか、ユウリは全く頓珍漢なことをしでかす。それでいて結果的に的を得ていることが多い。ただ本能がそうさせるのか、素直に見極める直感的能力。原因に対して遠回りなのか直球なのか…。とにかく、体当たり過ぎる節があった。
その為か、ユウリ本人は覚えていないことが多い。欲しい情報がパズルのようになってしまうのには天才的だと笑ってしまうアシュレイである。
呆れるが、面白く楽しいことには否めない。
味わったことのない非現実的なことが周りで起こる。スリルが常にあるそれは。
自らの知識をユウリが頼り解決させるのに、高揚しない訳がない。
今まで他人の無知に蔑む事は多々あれど、知識が豊富にあるのに当たり前と思っていたそれは見せびらかすことなく過ごしてきたが------。
ユウリに教えることの意味とその面白さには勝てない。最終的に意味があると思うと、、
------悪くないな、
そう思い目を細めて、アシュレイは視線をまた同学年の仲間と喋るユウリへと視線を向けた。
すると、お茶会のメインであるケーキが配られている。
「?」
不可思議な状況が目の前で起こる。オスカーがユウリに渡したケーキ。
………どこからだ?
ユウリを眺めやると、先程とは違いどこか遠くを見詰め俯き、煙るような瞳で何か考えている。
、、何かあったな、ユウリ?
青灰色の瞳を細め、光らせる。その視線の中で明らかにユウリに距離を近くし顔を寄せて見詰めている生徒が横にいる。
------また、あいつか。
オスカーといった生徒はこの頃ユウリの周りをうろちょろとしている目障りな男で、何かと邪魔をしてくる。またベルジュと違う、あの不思議と自身をユウリにアピールするような存在自体に苛々とする。
アシュレイ自身には分からないが、何かユウリと波長が合うのか、ベルジュの次に気に入らない男のオスカーを深い闇を宿したような瞳で見詰めるその視界に。
……ッ!?
ポットを持った生徒とユウリの横顔が接触するところが映る。
「危ない!」
付近の誰かが叫んだ声が会場に響く。
じっと見詰める視線の先には、オスカーがユウリの頭を抱いて何か囁いているところが目に入るのに、眉を顰める。
あれは俺の物------。
独占欲。
欲は人の性である。
人に対してそんな感情が自分に備わっているのに新鮮な驚きと面白くなる笑みが自然と浮かぶが、それはユウリだから。
だが、魅かれているのはただその能力だけなのかそれ以上なのかは、自分の深い心の闇をつつき出さなければならない。
アシュレイにも、またユウリにも追い詰めることとなるのは必至であるので、考えても答えが出ないのをいいことに現時点では既に打ち切っている。
「……………」
ユウリの不注意は後で嫌味を投げるとして、あのオスカーを今後どうするかと冷淡ともいえる無表情な顔で、騒いでいる中心を長い腕を組みながら眺めていた。
ほどなくして。
『 豆の王様 』 は選ばれた。
そして、渦中はユウリを巡る事件へと飲み込んでいく、、。
アシュレイはその時人知れず笑みを浮かべたが、誰も見るものはいない…------。
...fin.
2007.8.2
−コメント−
A(=アシュレイ)の独白、ということでしたが、
原作のイメージを壊していないかととても不安です…。
英国16のアシュレイ視点。
書いていて楽しかったですが、アシュレイらしくと思えば思うほど難産に;
す、少しでも楽しんでいただければ、嬉しいです。
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございました。