えーてる様の「物書きさん募集企画」より、
 「硝子が少年」というタイトルで「浅川硝子(あさがわしょうこ)という女の子が男装する」お話です。



 キラキラの目をした平面の少女達が、テレビの中で騒いでいる。兄のパソコンが不調らしく、いつもニュース番組の写っている画面は15分ほど前から女児向けアニメに占領されていた。
 兄と二人きりの食卓に会話はない。主人公らしき少女が男装して、敵にとりつかれたらしい男の子を尾行しているのを、味噌汁の中の豆腐を突きながら眺めた。

 アニメが終わると、兄は大きなリュックを背負い、チェック柄のシャツを羽織ってどこかへ出かけていった。大方、パソコンの部品でも買いに行ったのだろう。あんなオタクが兄だなんて、となんだか情けない。クラスメイトにも一人、うねうねした癖毛に眼鏡という典型的な外見をした地味な女子がいるが、係わり合いになりたくない人種だと思う。
 朝食を片付けて部屋に戻ると、携帯の着信ランプが光っていた。届いていたのは、高熱がでて今日は行けなくなった、というカラフルなメールだった。

「一人でどっか行くかー」

 しんとした家に呟きが吸い込まれていくのを感じ、出掛けることにする。
 鏡の前で髪型を整えようとして、ふと、先ほどのアニメを思い出した。帽子の中に髪の毛を隠す、そんな簡単な男装をした少女。なんとなく、真似をしてみたくなった。


***


 ニット帽の中は温かいけど、露になった首筋が寒い。ちょっとした思い付きを後悔した。せめてマフラーをしてくれば良かったと思うが、いまさら面倒だ。
 あまり人気のない細い路地を通って、駅に向かう。

 すたすたすた。すた。

 すたすたすた。すた。

 気のせいだろうか。足音が多い。そっと後ろを振り向くと、電信柱の陰に身を潜めた小さな陰。子供のようだ。振り向いてそちらに足を向けると、キャップを被った子供が陰から飛び出し、逃げるように駆け出した。

「あ、こら!」

 何をされたわけでもないが、どうして後をつけてきたのか気になって、子供の後を追った。


***


「何でおれを追いかけてきたんだ?」

 程なく捕まえたのは、この寒いのに短パンをはいた、小学生くらいの男の子だった。男の子は真赤な顔でしばらく息を切らしていたが、落ち着くと自分を捕まえていた手を振り払った。

「追いかけてないもーん」
「……」
「いひゃい、いひゃい、ひゃめてー!」

 頬っぺたをつねると、彼は涙目になった。放してあげると、しぶしぶといった調子で口を開く。

「ねーちゃんのカレシを見に来たんだ」
「え?」
「今日デートなんでしょ? 駅で待ち合わせなんでしょ? だから先回りしてどんな奴か見てやろうと思って」

 聞けば、年賀状に書いてあった住所を頼りに、家の前で待ち伏せしていたらしい。年賀状を見ると、微妙にデッサンの崩れた目の大きな少女が「A Happy New Year!!」と微笑んで?いた。

「ブスなねーちゃんのカレシだからどんなやつかと思ったけど、こんな女っぽいやつだとは思わなかった!」
「失礼だね。おれはねーちゃんのカレシじゃない。多分カレシはおれの兄さんだ」
「え!」

 びっくりして固まる男の子。固まりたいのはこっちだ。まさかあの男に一丁前に彼女がいたなんて、ありえないと思う。が、男の子が持ってきた年賀状は紛れもなく兄のものだった。彼女にまであんな年賀状を送ったと思うと呆れてしまう。

「多分、お前が来たのは兄さんが家をでた後だったんだろ」

 男の子は呆然と立ち尽くしていたが、自分の苦労が水の泡になったことを悟ったのか、あるいは人違いに恥ずかしくなったのか、徐々にその目が潤んでいった。
 泣かれたらまずい。見られたら警察に補導されるのではなかろうか、と、ありもしない不安が頭を過ぎる。

「泣くなよ、ほら、家まで送ってあげようか?」

 泣いてないもん、と、男の子はキャップのつばで目を隠した。

「……やだ。ねーちゃんを探偵する」
「もう間に合わないよ。駅待ち合わせってことは、電車に乗って出かけちゃったんだろ」

 本音を言えば、あの兄を尾行するなんて、したくなかった。 


***


 気がついたら、男の子と手をつないでいた。赤ちゃんほどにふにふにした肉感はないが、それでも柔らかい、小さな子供の手だった。
 男の子の家は、駅の反対側だった。尾行ごっこは、彼にとって大冒険だったのではないだろうか。

「どうしてそんなにお姉さんの彼氏を見たかったの?」

 少しだけ、手を握る力が強くなった。
 冷たくなった小さな指先を覆うように、手を握り直した。

「ねーちゃん、ここんところ遊んでくれなくないんだ。なのにカレシとばっかり遊んでるから、とられたみたいでいやで、それで……」
「そっか」

 子供らしい嫉妬だと思った。
 自分は、いつから兄と遊ばなくなっただろう。いつから兄が疎ましくなっただろう。結局は兄と同じ高校に入ったけど、廊下で擦れ違っても挨拶すらしない。

「ねーちゃんもきっといつか後悔するよ。可愛い弟ともっと遊んでおけば良かったって」
「そうかなー」
「そうだよ」

 大通りに出たので、男の子を奥にやって車道側を歩く。道路を渡れば、ほどほどに賑わった昼前の駅前商店街だ。男の子は今どき珍しく、手を上げて横断歩道を渡っていた。

「あーあ、にーちゃんみたいなのがねーちゃんだったらよかったのに」
「ははっ」

 人通りの多いところで、よその子供と手を繋いで歩くのは、少しばかり勇気が必要だった。けれど、駅前の喫茶店にのガラスに映った姿は、仲の良い歳の離れた兄弟にしか見えなかった。


***


「じゃ、ここでバイバイかな?」
「えー! うちに寄って遊んでってよ、今誰もいないから!」

 それはまずいんじゃないだろうか、と思いつつ、柔らかい手を放すのが何となく名残惜しかった。新しいマンションの中に腕を引かれて連れられていく。幼い子が自動ドアのオートロックをあけるのを待つのは不思議な気分だった。
 エレベータに乗り、中間くらいの階まであがる。自宅のドアの前で止まり、鍵を取り出して、男の子は首をかしげた。

「あれ? 誰かいる」
「まじで?」

 男の子とはいえ、家に見知らぬ輩を連れ込んだらまずいのではないだろうか。退散するより早く、男の子は呼び鈴も鳴らさずに扉を開けてしまった。
 短い廊下から見える居間の戸は開け放たれていて、そこにいた2人の人影がこちらを向く。

「ショウコ!」

 玄関に駆けて来たのは、兄と、クラスメイトのオタク女だった。
 秋葉原を歩いていそうな二人が並んでいるのを見て、最初に思ったのは、お似合いだということだ。

「兄さん、浅川と付き合ってたのか」
「え、いや、その、あー、何でここに?」
「何きょどってんの? 家デートとは良いご身分だよね」

 クラスメイトのオタク女、浅川は、同じくきょどりながらこちらを見た。

「せ、先輩の弟だったんだ……なんで、ショウコと?」
「ねーちゃんのカレシが見たいって、おれんちに張ってたんだよ」

 そして、おれと兄を交互に見つめるショウコの帽子をとる。ふわり、と柔らかい髪が背中に落ちた。

「女の子だったのか、全然気付かなかった」

 あまり褒め言葉ではないような気もしたが、そういうとショウコは誇らしげに胸を張った。この子も朝のアニメを見ていたのだろうか。男装だなんて私に似たのかしら、なんて浅川の呟きの意味はあまり知りたくない。
 しゃがんでショウコの頭をなでると、ぐい、とニット帽を引っ張られた。

「なんで後ろだけ伸ばしてるの?」
「……何となくかな」

 茶色く染めた襟足は大分伸びている。
 短くしたらどんな感じだろう、と思ったんだ。

硝子が少年

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