『今の若い子供達は、簡単に死を選びすぎているんです! 死ねば確かに楽ですがそこから一体――』

 自殺予告だのいじめだのと大人たちが騒ぎ出したことに嫌気が差す。彼らの理論も経験も、机上の空論にしか聞こえなかった。
 リモコンの赤いボタンを押す。唾が飛んできそうなほど白熱していた討論に、あっけなく幕が下ろされた。

「いじめられたことがあるーだとか、聞いてると腹立つよ」
「どうして?」
「それは……」

 自分の呟きに一々反応する声に、事と次第によってはお前を食い殺してやる、とでもいうような意地の悪い意図を感じるが、例え相手が何を感じようとも、時々自分の考えを声に出してみたくなるのだ。
 思考というあるかどうかも分からないものの存在を、声によって確かめたいのかもしれない。それを生み出したのが自分であるかのように、思いたいのかもしれない。

「その人達……大人の経験って、所詮、一人の人間の経験に過ぎないでしょ」
「そうだね」
「なのに、皆が皆して、自分の経験が全てであるかのように語るじゃん。それがね、すごく癇に障る」

 そもそも、彼らにとってそれは“もう終わったこと”だから語れるのだと思う。本当は彼らこそ分かっているのではないだろうか。現実に苦しんでいる人間に、違う時間に生きた言葉は響かないのだと。
 少なくとも、自分はそう思う。

「井の中の蛙大海を知らず、って感じがするんだ」

 自分の思考や価値観だなんていう馬鹿げたもので出来た井戸。そこから見える世界は酷く狭い。
 恐らく大人たちだって自分と同じなのだろう。けれど、赤の他人の意見ほど聞き苦しくてしょうがないものはなかった。
 情報伝達の媒体なんていらない。目の前にいる人間だけが全てであればいい。

「かわず、か……」

 目の前でぼんやりとくうを見つめている人間は、沈黙とも呼べない短い間で、蛙を暴く算段をつけ終えたようだ。

「大海を知る必要なんてないと思うけれどね」

 ゆっくりと自分に焦点の合うその目。何かを否定しようとすることを否定する、その存在。
 生気のない見慣れた顔は、響かない声で自分に応えた。

「蛙が海を夢見たとして、そこで生きることはできないんだから」

 人はね、同じ瞬間に、同じ場所で、同じ出来事を経験しても、異なるものを得、異なるものを失うんだ。
 何故なら、異なる瞬間に、異なる場所で、異なる母体から生まれた時点で、わたしたちは他人なんだから。

 理解することも叶わない、別の人間なんだから。



「言葉の揚げ足を取るのは幼稚だよ」

 火に油を注がれた、とは言わないが、このとき自分はそれに対して憤った。皮肉や嘲笑を浴びせられた感覚に似ていた。
 見つけられなかった言葉、表せなかった違和感、目を逸らしていた感情。
 自分の感覚が月並みだとでも言うように、自分の感性が平凡なものだとでも言うように(実際そうなのだろうけれど)、自分ではない誰かに、ひょいと掬い上げられたこと。それが、きっと、何よりも苛立ったのだろう。

 優しくないその存在は、負け惜しみのように呟いた言葉に、笑った。
 幼稚なのはどちらだ、と。笑っていた。

「くだらない比喩だよ」

 そんな感情の片鱗も見せず、笑いながら、言葉は紡がれる。
 透明な皮膚の蛙を、見え透いた魂の蛙を、張りつけて、解き明かすために。
 鏡に映し、平凡な動物と変わらぬ中身を晒し上げるために。

「ただ、ねえ」

 井すら知らない君に、大海を見る資格なんてないんじゃないかな。
 と。




壁に囲まれた深く安全な世界で、ぼくは、
07.02.11
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