「ねぇ、空って青かったっけ?」





 声の主から離れた扉脇の椅子に寄りかかり、本を読んでいた人影は、顔を上げるとそちらを向いた。
 しおりを挿んでそれを傍らの文机に置き、膝の上で手を組み穏やかに微笑んで顔を合わせる。

「ええ、空は青いですよ。今は昼ですから」
「そっか……うん、そうだよね」

 返答に納得したように首を何度か縦に振ると、そのまま口を閉じた。背後には、窓がある。色の無いただ明るい光は、部屋の中央にあるそこへは届いていない。
 何度か手を組み替えて、微笑みながらその様をじっと観ていた。石造りのひんやりとした室内に、硝子の無い窓から僅かな風が流れ込む。先程まで頁を捲る音が響いていた四角い空間は、ただ静かな沈黙に包まれていた。

「……ねぇ……」

 沈黙を破った言葉に、何でしょう、と続きを促せば、乾いた唇から活力の無い声で言葉が紡がれた。

「もし、空が見たい、って言ったら、どうする?」

 小さな声は静かな室内に響く。すっと目を細めて、穏やかな笑みを浮かべたまま、

「そうですね……」

 本の背を一度撫でて立ち上がり、歩み寄る。一歩近寄る度により多くなる血痕。
 手を椅子の背に、足を椅子の足に、鎖で縫い付けた。目蓋を綿糸で縫い付けて、それを包帯で包み込んだ。
 窓に嵌められた格子が、床石に縞模様の陰を落としている。

「今度は、」

 痩せた頬を撫ぜ、その乾いた唇に触れるか触れないか程度に指を動かす。所々が赤黒く染まった包帯が、見上げてきた。薄汚れた髪を優しく撫ぜて、か細い首に腕を回す。

「貴方のその口を――」

 飛ぶ事も、囀る事すら出来ず。
 空は、見えない。







貴方がわたし以外の全てを忘れるまで、

05.11.01 // コピー本の表紙用に書いたけれど没にしたSS。
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