夢を捨てたのは、ずっと前。








――……馬鹿みたい。

 会う事も出来ないのにアイドルや何かに夢中になる。
 男子に振り向いてもらおうと授業中にまで無駄に化粧して。
 スカートを折って太い足を晒して、階段とかで裾を押さえて歩く姿は滑稽としか言いようが無い。
 授業中に回す手紙に何の意味があるの?いつだって姦しく喋っているのに。

 朝から夜まで部活。家に帰っても遊んでばかりで勉強もしない。
 睡眠時間を削る所為で授業中に睡眠をとる。
 そうじゃなかったら下品な話や下らない話ばっかりして授業妨害。
 お陰でテストの点は低くて、赤点をとってから慌てて勉強。


 クラスメイトが下校して静かな教室で、日直日誌をつける。もう一人の日直の男子は、部活だから、と言って仕事をサボった。……別にいいけど。期待してなかったし、どうせサボらなくても真面目に仕事なんてやらないんだから。
 日誌を真面目に書いてる子の方が少ない。カラーペンで落書きだらけの女子のページ。空白だらけの男子のページ。

 でも何となくイライラして力を込めたら、シャーペンの芯が折れた。面倒、と思いつつ芯を足そうと筆箱から芯を出す。
 窓の外から聞こえるホイッスルの音が妙に耳に残って。
 何となく、気分転換に窓を開けて外を覗いた。

 傾きかけた温かそうな日差しが差している。
 もう夏の名残もなくなった風が、開けた窓から吹いてきて、日誌のページをぱらぱらと捲った。
 朝方に雨が降っていた所為で多少ぬかるんだ校庭に、白い石灰のライン。
 サッカー部だか陸上部だかの男子が校庭を走っていて、怒鳴り声や笑い声が静まり返った教室に響いた。
 校庭の端では野球部が練習試合中で、青い空をバックに飛ぶ白いボールを、スライディングで泥だらけになりながら誰かがキャッチした。

――馬鹿みたい。

 あんな事して、何になるんだろう。
 そう思ったけれど、何故だか思った事が強がりみたいで虚しい。
 その時、足音がして、廊下から教室に声が響いた。

「忘れ物、忘れ物ーっと」

 のん気な声は私のいる教室に近づき、開けっ放しの後ろのドアから静寂を破って入ってくる。
 彼は私を見つけると、間抜け面をこっちへ向けた。

「あれ? まだ帰ってなかったんだ」
「日直」

 明らかに校則違反の制服を着て入ってきたのは馬鹿みたいなのの一人。
 みたいなのの一人、というか、彼は馬鹿。いつもいつもいつも授業中に寝てて、テストではいつも最下層。

「さっすが副委員長、まっじめー」

 真面目、じゃなくて普通はやるべきもの。
 でも、言っても無駄だから言わないけど。

 馬鹿にとって私と話すのはどうでもいい事らしく、教室の真中辺りにある自分の席に向かった。何を忘れたのかと思ったら、折り畳みの傘だった。
 忘れ物を取り出しただけでは飽き足らず、何故か鞄を漁り始めた彼から目を逸らした。
 ユニフォーム姿の男子はまだ校庭を走っている。

「……馬鹿みたい」
「へ、何が?」

 聞き返されて、初めてその呟きを声に出していたことに気付いた。
 教室の中に視線を戻せば、出て行きかけていた馬鹿がこちらを向いていた。口を動かしている。さっき鞄を漁っていたのはこれか。

「別に……部活なんかに時間割いて、何の役に立つのかと思って」

 こっちを見ている彼が鬱陶しくて、吐き捨てるように言った。
 帰宅部の彼は何度か瞬きして、頭を掻いた。

「え、そりゃ……思い出作り?」

 何故か疑問系。
 それもそうか、彼だって部活に入ってないんだし。
 何で入っていないんだろう。面倒だからかな。

「思い出って将来何の役に立つの?」

 毎日汗だくになりながら練習して、疲れて勉強できなくなって、成績が落ちて。進学できなかったらどうするんだろう。
 部活で特別な推薦を受けられる生徒なんて数少ない。
 それ以外の落ちこぼれはどうする訳?
 そんな無駄な努力に、何の価値があるの?

 いつもの疑問を胸に抱きつつ、席へと戻る。
 さっきの風で開かれたページは真っ白。
 何も書かれていない、未来のページ。



「将来将来、ってそればっか考えて楽しい?」



 彼の言葉が妙に大きく聞こえた。
 校庭の喧騒が一瞬消えた気がした。

 何の楽しみもない学生生活。
 そして大人になる。
 良い職場について、家庭を持って……それって、楽しい?

 反応がなくて飽きたのか、彼は教室から出て行った。
 それでも、彼の残した言葉は消えない。

 無意味に、目頭が熱くなった。
 何気ない一言で、曖昧だった不安を浮き彫りにされた気がする。


 例えばもし、帰りに事故で死んだら?
 例えばもし、何かで失敗したら?
 何を楽しむ事もなく、何を遺すこともなく、何かを報いる事もなく。
 つまらないページを書いただけで、自由なページを描くこともなく。
 終わってしまうのだろうか。

 努力する事に、何の意味があるんだろう。
 何の役にも立たない無駄な努力。
 それは、私のやってる事も同じなのかもしれない。


 真っ白なページを無意味にきちんと埋めていくか、
 真っ白なページに自由に落書きをするか、
 日誌そのものから飛び出して自由に生きるのか。





 私の日誌は、空欄も楽しみも無く、埋まっていく。





( 私が見下している人達のほうがずっと、私よりも生きているんだ。 )

05.10.09 // 脳内設定では、将来に悩む受験生ってイメージです。


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